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ふじ

富士

岡本 かの子

「文芸」1940(昭和15)年11月号~1941(昭和16)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 40,579 字 · 82 页

青空文庫

たまたまこの佐賀牟の国の富士の山麓まで遠征した。

一方女は水無瀬女と獣の神の若者との間から生れ出て多くの門裔がこの麓の地に蔓ったその宗家の娘であった。祖先の水無瀬女から何代か数知れぬ継承の間に、宗家は衰え派出した分家、また分家の方が栄えた。どういうわけであろう。界隈の昇華した名家々々の流れを相互に婚姻を交えている間に、家の人間に土より生い立てる本能の慾望を欠き、夢以外に食慾が持てない咀嚼力の精神になってしまったのも原因の一つであろう。この女も人情のことは何でも判っていて、あまり判り過ぎるが故に、男に興味が持てなくなったという側の女となってしまっていた。

ところがこの頃、湧玉の水のほとりで、度び度び遇う男は、女の醒めたものを攪乱する野太く、血熱いものを持っている。下品で嫌だなと思いながら、無ければ寂しい気がする。そして興味を牽いて救われるのは、その男が唖者のように表現の途を得ないで、いろいろに感情の内爆や側爆のこういう所作をすることである。

それから後も、男は、得意の弓矢の業をもって、麓に住む荒い獣を半殺しの程度にして狩り取り、湧玉の水のほとりに待受けていて、女を見ると、屠り殺した。