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からすうりのはなとが

寺田寅彦随筆集 第三巻

寺田 寅彦

寺田寅彦『寺田寅彦随筆集 第三巻』。同一底本的分册已合并为一书。收入:からすうりの花と蛾、火山の名について、日常身辺の物理的諸問題、量的と質的と統計的と、物理学圏外の物理的現象、ロプ・ノールその他、青衣童女像、カメラをさげて、連句雑俎、ラジオ・モンタージュ、青磁のモンタージュ、読書の今昔、映画の世界像、「手首」の問題、映画雑感(Ⅰ)、生ける人形、映画芸術、音楽的映画としての「ラヴ・ミ・トゥナイト」、俳諧の本質的概論、夏目漱石先生の追憶、田丸先生の追憶。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 213,804 字 · 425 页

青空文庫

もっともこれは楽器の音色が合わないのではないが、これも畢竟楽器を通して演奏を色づける演奏者の「音色」の不調和によるとも見られないことはない。同じようなわけで一つの連句をまとめ上げうるためには、各メンバーがかなり世間と人間とに対する広い理解をもっていなければならないということになるわけである。言い換えると相当に年を取りそうしていわゆる苦労をしていなければできない仕事だということにもなりうるわけである。こういう立場から見ると、「連句する」ことも合奏することも、決してあだな娯楽や消閑の一相ではなくて、実は並みならぬ修行であり鍛錬であることがわかって来るのである。

トリオやカルテットぐらいならば別に指揮者を必要としないが、少し楽器が多くなって管弦楽の形をとるようになれば、もはやそれは一人のちゃんとした指揮者なしには進行することができなくなる。それと同様に連句でもおおぜいの共同に成る場合には、おそらく一人の指揮者によって始めて最善の効果を上げうるのではないかと思われる。自分は芭蕉時代の連句がいかなる統率法によって行なわれたかという事についてなんらの正確な知識をもたないのであるが、少なくも芭蕉の関与したものである限り、いずれも芭蕉自身がなんらかの意味において指揮棒をふるうてできたものと仮定してもおそらくはなはだしい