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からすうりのはなとが

寺田寅彦随筆集 第三巻

寺田 寅彦

寺田寅彦『寺田寅彦随筆集 第三巻』。同一底本的分册已合并为一书。收入:からすうりの花と蛾、火山の名について、日常身辺の物理的諸問題、量的と質的と統計的と、物理学圏外の物理的現象、ロプ・ノールその他、青衣童女像、カメラをさげて、連句雑俎、ラジオ・モンタージュ、青磁のモンタージュ、読書の今昔、映画の世界像、「手首」の問題、映画雑感(Ⅰ)、生ける人形、映画芸術、音楽的映画としての「ラヴ・ミ・トゥナイト」、俳諧の本質的概論、夏目漱石先生の追憶、田丸先生の追憶。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 213,804 字 · 425 页

青空文庫

おそらく彼はほんとうの連句については何事も知らないからであろう。

映画と連句

あらゆる芸術のうちでその動的な構成法において最も映画に接近するものは俳諧連句であろうと思われる。

いわゆる発句はそれ自身の中にすでに若干の心像のモンタージュ的構成を備えているものである。しかしたとえば歌仙式連句の中の付け句の一つ一つはそれぞれが一つのモンタージュビルドであり、その「細胞」である。もちろんその一つ一つはそれぞれ一つの絵である。しかし単にそれらの絵が並んでいるというだけでは連句の運動感は生じない。芭蕉が「たとえば哥仙は三十六歩なり、一歩もあとに帰る心なく、行くにしたがい、心の改まるはただ先へ行く心なればなり。」と言っている、その力学的な「歩み」は一句から次の句への移動の過程にのみ存する。

その移動のモンタージュ的手法はすなわち付け句の付け方であっていわゆる、においとか響きとか位とかおもかげとかいう東洋的な暗示的な言葉で現わされているのであるが、これらは畢竟いずれも二つの連接句のおのおのに付属した二つの潜在的心像がいかなる形において連鎖を作るかというその様式の分類にほかならないのである。