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ちいさなできごと
小さな出来事
寺田 寅彦
「中央公論」1920(大正9)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,533 字 · 29 页
二十くらいもあろうかと思う六角の蜂窩の一つの管に継ぎ足しをしている最中であった。六稜柱形の壁の端を顎でくわえて、ぐるぐる廻って行くと、壁は二ミリメートルくらい長く延びて行った。その新たに延びた部分だけが際立って生々しく見え、上の方の煤けた色とは著しくちがっているのであった。
一廻り壁が継ぎ足されたと思うと、蜂はさらにしっかりとからだの構えをなおして、そろそろと自分の頭を今造った穴の中へ挿し入れて行った。いかにも用心深く徐々と身体を曲げて頭の見えなくなるまで挿し入れた、と思うと間もなく引き出した。穴の大きさを確かめて始めて安心したといったように見えた。そしてすぐに隣の管に取りかかった。
私はこの歳になるまで、蜂のこのような挙動を詳しく見た事がなかったので、強い好奇心に駆られて見ているうちに、この小さな昆虫の巧妙な仕事を無残に破壊しようという気にはどうしてもなれなくなってしまった。
それからは時々、庭へ下りる度にわざわざ覗いてみたが、蜂の居ない時はむしろ稀であった。見る度に六稜柱の壁はだんだんに延びて行くようであった。
ある時は顎の間に灰色の泡立った物質をいっぱい溜めている事が眼についた。