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こいずみやくものかていせいかつ

小泉八雲の家庭生活

萩原 朔太郎

室生犀星と佐藤春夫の二詩友を偲びつつ

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,379 字 · 33 页

青空文庫

しかしヘルンが仕事をしている時は、家人が皆神経質に注意しているので、家中がひッそりとして閑寂に静まり返っていた。そういう時の夜などに、ヘルンの書斎から法螺貝の音が聞えて来ると、それが広い家中に響き渡って、ボオボオと余韻の浪をうって伝って来る。すると『それ貝が鳴った』とばかり、夫人を初め女中や書生たちが大騒ぎをし、先を争って離れの書斎に駈けつけた。『吹くのが面白いものだから、自分でわざと火を消しては、やたらに吹いた』と、夫人が追想談で話しているが、おそらくそういう場合、ヘルンの筆が行き渋り、感興が中断した時であったろう。そうした時の寂しさとやるせなさを紛らすために、詩人はわざと煙草の火を消し、ボオボオという寂しい貝を吹いたのである。

晩年の八雲は、痛ましいまでその仕事に熱中した。既に老の近づいたことを知った彼は、自分の残されてる短かい時間に、なおまだ書かねばならない大事の事が、あまりに多くありすぎるのを考えて愁然とし、『人生は短かすぎる』と幾度も言って嘆息した。彼は心臓に病があった。その危険な兆候が、五十歳を越えてからしばしば現われて来た。初めて大久保の新居に移った時は、春の麗らかな日であって、裏の竹藪で鶯がしきりに鳴いてた。