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やまのてのこ

山の手の子

水上 滝太郎

「三田文学」1911(明治44)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,551 字 · 31 页

青空文庫

早くも街には夏が漲って白く輝く夏帽子が坂の上、下へと汗を拭き拭き消えて行く。ことさら暑い日中を択んで菅笠を被った金魚屋が「目高、金魚」と焼けつくような人の耳に、涼しい水音を偲ばせる売り声を競う後からだらりと白く乾いた舌を垂らして犬がさも肉体を持て余したようについて行く。夏が来た夏が来た。その夏の熊野神社の祭礼も忘れられない思い出の一頁を占めねばならぬ。

町内の表通りの家の軒にはどこも揃いの提灯を出したが屋根と屋根との打ち続く坂下は奇麗に花々しく見えるのに、塀と塀とは続いても隣の家の物音さえ聞えない坂上は大きな屋敷門に提灯の配合が悪く、かえって墓場のように淋しかった。そればかりか私の家なぞは祭りと言っても別段何をするのでもないのに引き替えて商家では稼業を休んでまでも店先に金屏風を立て廻し、緋毛氈を敷き、曲りくねった遠州流の生花を飾って客を待つ。娘たちも平生とは見違えるように奇麗に着飾って何かにつけてはれがましく仰山な声を上げる。若い衆子供はそれぞれ揃いの浴衣で威勢よく馳け廻る。ワッショウワッショウワッショウと神輿を担ぐ声はたださえ汗ばんだ町中の大路小路に暑苦しく聞える。