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さんじょうこ

山上湖

豊島 与志雄

「新潮」1949(昭和24)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,912 字 · 22 页

青空文庫

平田にしても、妻子がありながら、私をあんなに熱烈に愛撫した。やがては、私より他の女にその情熱は向けられるかも知れない。そのようなことが、女性には出来ないと言うのではない。女にも出来得るだろう。貞操の問題を離れてのことだ。ただ然し、女には妊娠というものがある。一人の子供を産むのだけで、一つの生である。一つの生の積極的な献身だ。男にそんなものはない。

だが私は、不妊の体かも知れない。いくら私の腹をしぼっても、腹を裂いても、成熟した赤い卵は出て来ないだろう。

鱒の人工繁殖作業は、悪夢みたいだ。平田はあれを見て、どう感じたであろうか。

「あなたも、あれを見たでしょう。」

私は月光の中に眠ってる作業所を指さした。

「うむ。案外簡単なことで、つまらなかった。」

「ほんとにつまらなかったの。」

「もっと精巧な微妙なことかと思っていたんだ。」

嘘ではないらしい。彼は愚かに鈍感になったのであろうか。愛情の上の思いつめたものを、取り失ってしまったのであろうか。

私は池のほとりを離れて、湖水の方へまたおりていった。彼は素直についてくる。旅館の貸下駄をかたかた音立て、丹前姿にオーバアを引っかけて、それは恋愛する男の姿ではない。