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みんざんのいんし

岷山の隠士

国枝 史郎

「大衆文芸」1926(大正15)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,095 字 · 19 页

青空文庫

1

「いや彼は隴西の産だ」

「いや彼は蜀の産だ」

「とんでもないことで、巴西の産だよ」

「冗談を云うな山東の産を」

「李広の後裔だということだね」

「涼武昭王の末だよ」

――青蓮居士謫仙人、李太白の素性なるものは、はっきり解っていないらしい。

金持が死ぬと相続問題が起こり、偉人が死ぬと素性争いが起こる。

偉人や金持になることも、ちょっとどうも考えものらしい。

李白十歳の初秋であった。県令の下に小奴となった。

ある日牛を追って堂前を通った。

県令の夫人が欄干に倚り、四方の景色を眺めていた。

穢らしい子供が、穢らしい牛を、臆面もなく追って行くのが、彼女の審美性を傷付けたらしい。

「無作法ではないか、外をお廻り」

すると李白は声に応じて賦した。

「素面欄鉤ニ倚リ、嬌声外頭ニ出ヅ、若シ是織女ニ非ズンバ、何ゾ必シモ牽牛ヲ問ハン」

これに驚いたのは夫人でなくて、その良人の県令であった。

早速引き上げて小姓とした。そうして硯席に侍らせた。

ある夜素晴らしい山火事があった。

「野火山ヲ焼クノ後、人帰レドモ火帰ラズ」

県令は苦心してここまで作った。後を附けることが出来なかった。

「おい、お前附けてみろ」