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ていぎんじけんをろんず

帝銀事件を論ず

坂口 安吾

「中央公論 第六三年第三号」1948(昭和23)年3月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,227 字 · 15 页

青空文庫

いたずらな禁止は、好奇心のもとであり、すべてを各人の責任にまかせるとき、やがて道義はおのずから各人の自覚によって育つものだ。

私はこの現実の日本において、最も大きな罪のもとをなすものは、物資の窮乏をおいては、つぎに、為政者の国民への不信であると考える。自らのみ道義あつく、心正しきものとする為政家ヅラほど浅はか、醜悪なものはない。御身等はこの欠配に死にもせず、痩せもせぬとはなぜであるか。まずそれを考えることである。

私は政治家が、政治家的ルートによって暖衣飽食していることをとがめたいとは思わぬ。むしろ暖衣飽食すべきだと思う。かつての米内大将のごとくに、ゾースイをすすり、国民に範をたれるのも、その人格の高潔なる、まことに有難いことだけれど、しかし、政治は清貧を事とする無策なものでは困るのである。たとえば、さきに餓死した判事のごとき人物が首相となり、窮乏の時であるから遅配に我慢せよ、余が範をたれると称して餓死されては、国民たるもの、降参せざるをえない。無策のシムボルとして自ら清貧の範をたれるのは、政治ではない。その有策のゆえに選ばれ、国民の輿望を担うて策を施すのが、政治家というものだ。