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おびひろまで
帯広まで
林 芙美子
「文藝春秋」1936(昭和11)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,656 字 · 28 页
勿論、伊代もその中へ這入っていた。小さな化粧鞄だけをさげて、皆とどやどや梯子段を降りて行くと、「伊代さんと云うお方にお電話でございます」と女中が飛んで来た。
「私に?」
九太からだと心に来た。事務的に受話機を取ると、女の声で、「九太に早く帰るようにおっしゃって下さいませんでしょうか、病人が出来たもんですから……」と若い女の声がした。
「九太さん? 九太さん別に見えていませんですが……えゝ? 昨日から、そうですか、私の処にはお見えになりません。私はこれからお友達と然別の方へ参りますのですが……」
九太の細君の声に違いない。伊代達は然別の湖行きの大きいバスへ乗った。道々、九太の勤めている映画館の前を通った。自転車を引きずった小僧が、たった一人、埃っぽい絵看板を見上げている。小舎の前にはビラが散り、幟が風に鳴っている。帯広の街が小さくなると、道は柏の木の多い谷地へ這入って行った。「女でも買いにでも行ったんだわ」伊代はそう思いついた。昨夜、小僧ッ子のようなハンチングをかぶって、伊代を送って来た九太の田舎々々した様子を考えると、本当に女を買いに行ったのかも知れないと思った。