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じょうしき

常識

豊島 与志雄

「改造」1934(昭和9)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,237 字 · 33 页

青空文庫

高慢なあなたの心は硬直して、一片の情味もたたえていないかのように見えた。平野の行為をでたらめな狂言だとして、癪にさわるという様子だった。その上、あなたは私にまでも攻勢をとってきた。結婚してはどうかという話があるが、聞いたかというのである。私はただ微笑して、あなたの顔に蝋細工のような美しさを認めた。

「そのことは、考えにいれないでおいて下さい。お断りしておきます。」とあなたは云った。

そんなばかなことをわざわざ断る必要がどこにあったろう。私はただ唖然とした。そして私が知りたいのは、そういう話が一体どこから出たかということだった。あなたは苦しげな苛立った表情をした。感情が押しつぶされて、理智だけが荒立っていた。

「岡部君から出た話でしょう。」と私は云った。

あなたは黙っていたが、私にはそれでもう凡てが分った。岡部はあなたのことを心配したのだ。結婚が最善の途だと考えたのだ。それは親切な常識からくる解決案だったろう。そしてその親切な常識が動きだしたために、私にもいろいろなことが分ってきた。

富永郁子よ、私は今やはっきり云うことが出来る。私たちの間には少しもほんとの愛はなかった。