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じょうしき

常識

豊島 与志雄

「改造」1934(昭和9)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,237 字 · 33 页

青空文庫

」いつのまに階段を上ってきたか、お幾が、畳とすれすれに顔だけ覗き出していた。「お電話ですよ。富永さんから……。」

はっと、飛礫を投げられたようなもので、息をつめてから、岡部はいきなり立上って、お幾の横をすりぬけながら慌てて降りていった。

坪井がむっくり起上ったのへ、島村はにやにや笑かけた。

「あいつ、でたらめばかり云ってやがる。彫刻のことなんかもちだして……。」

坪井の眼がじっと見つめていた。

「初めの一鑿から像が生きてるなんて、それは商売人の云うことだ、芸術はそんなものじゃない。これでもかこれでもか……という苦心のうちに、或る瞬間、ほんのりと肉体が眼醒めてくるんだ。そこにぶっつかればもうしめたものだが、どうかすると、しまいまで、そうした瞬間を探りあてられないことがある。」

坪井がやはり黙っているので、島村は興ざめた顔で、杯をとりあげた。酒はつめたくなっていた。島村は手をたたいた。やがて、みよ子が上ってきて、用もきかないうちに云った。

「ちょっと、来て下さいって……。」

視線は坪井に向いていた。坪井が立っていくと、島村は銚子をたのんだが、何かしら腑におちない眼付を、村尾と二人で見合したのだった。