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ねんぷ
年譜
宮本 百合子
「現代文学全集 第五十六巻」改造社(1931年までの年譜)、1931(昭和6)年3月、「宮本百合子研究」津人書房、1948(昭和23)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,820 字 · 36 页
これは内務省の検閲課の役人が中野重治と私が事情を聞きに行ったときに答えた言葉であった。この時、実質上の執筆禁止をうけた人は、作家では中野重治、宮本百合子、評論家では六、七人の人があった。内務省では、すぐ手紙をよこして自分の立場を釈明してきた人々があり、その人に対しては早速適当な処置をとると云った。中野と私とは、そういう方法はとらないことにした。そして私は私の監視者である保護観察所の所長に会って、執筆禁止の不当なことと、生活権を奪ったことについての異議を申したてた。当時は、一般ジャーナリズム、文化人がまだこのような言論抑圧に対して、その不当を表明するだけの気持をもっていた。各方面から内務省の態度が非難された。保護観察所は文筆関係者と内務省検閲課の役人とを招いて、懇談会を開いた。これは直接にはどれだけ効果があったことか分らない。何故なら保護観察所へよばれた人々は殆どいつも唖になった。何か一言云えばそれを「観察」されて、思想的点をつけられるからみんな馬鹿のようになって、互の顔ばかりみている。この時も発言したものは直接関係者だけであった。この年六月宮本の父が亡くなった。