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まぼろしのかなた
幻の彼方
豊島 与志雄
「中央公論」1922(大正11)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 41,763 字 · 84 页
「結核性腹膜炎です。」
思いもつかない病名に、順造はただ医学士の顔を見守った。医学士は煙草に火をつけて、病人の顔を暫く見守った。
「出来るだけ動かないようにしなければいけませんね。」
それから、病院にはいってはどうかと勧めた。子供のためには乳母の必要があると命じた。不完全な牛乳は最も危険だそうだった。
乳母の方は、ありさえすれば問題ではなかった。入院の方は秋子がどうしても承知しなかった。
「私子供の側で死にたいから。」と彼女は云った。
「死ぬの生きるのというほどのことではありません。入院して早く癒った方がよくはありませんか。」
それでも秋子は承知しなかった。順造の顔を懇願の眼付でじっと眺めた。
順造は決心した。家でやることにきめた。看護婦を傭う事は医学士が引受けてくれた。
順造は乳母が来るまで二人ほしいと頼んだ。
「大丈夫だから、安心しておいで。」
秋子が強く首肯いたので彼は嬉しかった。彼はすぐに桂庵へ行った。赤茶けた髪の婆さんが出て来た。頭から足先までじろじろ見られるので、可なり不快な気がしたが、それを我慢して乳母を頼んだ。
「宜しゅうございます。心当りが一人ありますから、聞き合せてみましょう。