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ひろば
広場
宮本 百合子
「文芸」1940(昭和15)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,809 字 · 31 页
そのことのために、自分は益々机と本とにつながれ、朝子はやはりこれまでのとおり毎日遠方の出版所へ定期刊行物を予約に行ったり、役所へ行ったりした。そんな場合、朝子は自分の生活にとってそれ等の事務的な用件の現実性が全部遠くなったような奇妙な心地と、もしかしたら素子のためにこのようなことをしてやる最後かもしれないという生活の転機を自覚した名状しがたい心持とを、同時に経験するのであった。
火曜日の夕方、出がけに素子が外套を着ながら、この頃では珍しいあたり前の調子で、
「今夜はどうする?」
ときいた。一週に二度ずつオリガという女友達のところへ行って、素子は読んでいる小説の俗語の云いまわしをきいて来るのであった。
「さあ……」
朝子も立って来て、身仕度をするのを見ながら、
「どっちでもいいけれど、私は――」
「おいでよ。この間もオリガさんがきいてたから。何故この頃来ないのかって」
「じゃ行くわ、二時間もして行くわ」
七時になると、朝子は身仕度して、城壁の傍の広場まで歩いて、そこからバスに乗った。市の外廓に向うバスはその時刻にはごく空いている。市街の中心を大分出はずれた大きい四辻で降りて、人通りの疎な、薄暗い往来をすこしゆくと、古風な彫物の窓枠をもった木造の家があって、寂しい板囲いの塀がそれにつづいている。