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じょにかえてじんせいかんじょうのしぜんしゅぎをろんず
序に代えて人生観上の自然主義を論ず
島村 抱月
「近代文芸之研究」1909(明治42)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,453 字 · 11 页
同情する自分と同情される他者との矛盾が、死ぬか生きるかの境まで来ると、そろそろ本体を暴露して来はしないか。まず多くの場合に自分が生きる。よっぽど濃密の関係で自分と他者と転倒しているくらいの場合に、いわば病的に自分が死ぬる。または極局身後の不名誉の苦痛というようなものを想像して自分が死ぬることもある。所詮同情の底にも自己はあるように思われてならない。こんな風で同情道徳の色彩も変ってしまった。
さらに一つは、義務とか理想とかのために、人間が機械となる場合がある。ただ何とはなしに、しなくてはならないように思ってする、ただ一念そのことが成し遂げたくてする。こんな形で普通道徳に貢献する場合がある。私も正しくその通りのことをしている。しかしこればかりでは地球がいやでも西から東に転ずるのと少しも違ったところはない、徹した心持がない、生きていない、不満足である。そこでいろいろ考えて見ると、どうもやはりその底に撞きあたるものは神でも真理でもなくして、自己という一石であるように思われる。この意識の消しがたいがために、義務道徳、理想道徳の神聖の上にも、知識はその皮肉な疑いを加えるに躊躇しない、いわく、結局は自己の生を愛する心の変形でないかと。