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にわのついおく
庭の追憶
寺田 寅彦
「心境」1934(昭和9)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,434 字 · 7 页
それは自分が物ごころついてから後のことであった。この石の中ほどにたしか少しくぼんだところがあって、それによく雨水や打ち水がたまって空の光を照り返していたような記憶がある。しかし、ことによるとそれは、この石の隣にある片麻岩の飛び石だったかもしれない。それほどにもう自分の記憶がうすれているのはわびしいことである。
この絵でも、この長方形の飛び石の上に盆栽が一つと水盤が一つと並べておいてあるのがすっかり昔のままであるような気がするが、しかしこの盆栽も水盤も昔のものがそのまま残っているはずはない。それだのに不思議な錯覚でそれが二十年も昔と寸分ちがわないような気がするのである。
この飛び石のすぐわきに、もとは細長い楠の木が一本あった。それはどこかの山から取って来た熊笹だか藪柑子だかといっしょに偶然くっついて運ばれて来た小さな芽ばえがだんだんに自然に生長したものである。はじめはほんの一二寸であったものが、一二尺になり、四五尺になり、後にはとうとう座敷のひさしよりも高くなってしまった。庭の平坦な部分のまん中にそれが旗ざおのように立っているのがどうも少し唐突なように思われたが、しかし植物をまるで動物と同じように思って愛護した父は、それを切ることはもちろん移植しようともしなかったのであった。