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かれはむかしのかれならず
彼は昔の彼ならず
「世紀」1934(昭和9)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 28,274 字 · 57 页
「でもあれで何かきっと考えていますよ。」僕にはやはり一応、反駁して置きたいような気が起るのであった。
マダムはくすくす笑いながら答えた。
「ええ。華族さんになって、それからお金持ちになるんですって。」
僕はすこし寒かった。足をこころもち早めた。一歩一歩あるくたびごとに、霜でふくれあがった土が鶉か梟の呟きのようなおかしい低音をたててくだけるのだ。
「いや。」僕はわざと笑った。「そんなことでなしに、何かお仕事でもはじめていませんか?」
「もう、骨のずいからの怠けものです。」きっぱり答えた。
「どうしたのでしょう。失礼ですが、いくつなのですか? 四十二歳だとか言っていましたが。」
「さあ。」こんどは笑わなかったのである。「まだ三十まえじゃないかしら。うんと若いのでございますのよ。いつも変りますので、はっきりは私にもわかりませんのですの。」
「どうするつもりかな。勉強なんかしていないようですね。あれで本でも読むのですか?」
「いいえ、新聞だけ。新聞だけは感心に三種類の新聞をとっていますの。ていねいに読むことよ。政治面をなんべんもなんべんも繰りかえして読んでいます。」
僕たちはあの空地へ出た。