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おほりばたさんだい

御堀端三題

岡本 綺堂

柳のかげ「文藝春秋」1937(昭和12)年8月、怪談「モダン日本」1936(昭和11)年9月、三宅坂「文藝春秋」1935(昭和10)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,863 字 · 12 页

青空文庫

来る。

傘を傾けているので、女の顔は見えないが、白地に桔梗を染め出した中形の単衣を着ているのが暗いなかにもはっきりと見えたので、私は実にぎょっとした。右にも左にも灯のひかりのない堀端で、女の着物の染模様などが判ろうはずがない。幽霊か妖怪か、いずれただ者ではあるまいと私は思った。暗い中で姿の見えるものは妖怪であるという古来の伝説が、わたしを強く脅かしたのである。

まさかにきゃっと叫んで逃げるほどでもなかったが、わたしは再び振返る勇気もなく、ただ真直に足を早めてゆくと、女もわたしを追うように附いて来る。女の癖になかなか足がはやい。そうなると、私はいよいよ気味が悪くなった。江戸時代には三宅坂下の堀に河獺が棲んでいて、往来の人を嚇したなどという伝説がある。そんなことも今更に思い出されて、私はひどく臆病になった。

この場合、唯一の救いは桜田門外の派出所である。そこまで行き着けば灯の光があるから、私のあとを附けて来る怪しい女の正体も、ありありと照らし出されるに相違ない。私はいよいよ急いで派出所の前まで辿り着いた。ここで大胆に再び振返ると、女の顔は傘にかくされてやはり見えないが、その着物は確に白地で、桔梗の中形にも見誤りはなかった。