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おうまじるしはいしゃく

御馬印拝借

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1944(昭和19)年2月号

N1 · 挑战 · 新字新假名 · 21,483 字 · 43 页

青空文庫

「これはどうだ、夢じゃないのか」「御馬印だ、夢じゃない御旗もと御本陣の馬印だ、……」まだ明けきらぬ早暁の砦に、時ならぬ叫びごえが起り兵たちがとびだして来た、塁壁の上には家康本陣の大馬印が立ち、それを護るように榊原の赤地九燿星、酒井の紺地四つ目、水野の黒地に通宝銭と、三部将の馬印差物が堂々と並んでいる、みんな眼をみはり、あっけにとられてふり仰いだ、……どうしたことだ、誰も彼も自分の眼を疑った。しかし敵の驚愕はそんな程度のものではなかったらしい、朝の光りが菩提山の砦をくっきりと描きだしたとき、突風でも吹きわたるように敵陣の上に遽しい動揺があらわれ、まるでたぐり込まれるようなかたちで銃隊が火蓋を切った。

かくて敵の銃射によって決戦の幕はあがった、一旬のあいだ兵と武器弾薬を集結していた甲斐勢は、山上に徳川本軍ありとみて全陣地に伝令をとばし、うしろ備えをも挙げて総攻めの体勢をとった。源七郎はこれをしずかに視ていた、戦はかれの計った方向へ傾いてきている、はじめ掛川を出るときから、……先手組の寡数で敵の兵力をひきつけるにはこれが考えられる