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おうまじるしはいしゃく

御馬印拝借

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1944(昭和19)年2月号

N1 · 挑战 · 新字新假名 · 21,483 字 · 43 页

青空文庫

九

それに答えて砦を掩うように鬨があがった、源七郎は刀を抜き、家康の大馬印の下へいって立った。……傾きかかった真夏の日はなお烈々と輝き、惨憺たるこの戦場を斜に照らしだしていた。

九

徳川本軍はその夜のうちに府中城を攻め落した、山県昌景は奇襲を受けきれぬとみて、脆くも旗を巻いて退却した。家康が入城するとすぐ榊原康政がおめどおりを願い出た、家康は待ちかねていたようすで、かれがめどおりへ出るといきなり菩提山のようすを訊ねた、今日の奇襲が成功したのは、菩提山の砦が敵の中枢勢力をひきつけて放さなかった点にある、だが僅かな兵数でどうしてこれだけの事が為し得たのか、家康にはそれがなにより不審だった、いかなる神謀鬼略があったのか、「……申上げます」康政は問いに答えて云った、「まことに申しわけもなきしだいではございますが、かの砦には本陣の御馬印を立てたのでございます」「本陣の……おれの馬印か」家康は眼をみはった。「……御旗もと本軍が山上に詰めたとみせるために、もったいのうはござれども御馬印を拝借つかまつりますと、前夜ひとりの使者を以て願い出ました、お許しもなく御馬印を拝借つかまつるなど、なんとも僭上ぶれいの沙汰ではございますが、寡兵を以て敵の大軍をひきつけ、駿府攻略のお役の端にもあい立ちました