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いかりのむし

怒りの虫

豊島 与志雄

「群像」1951(昭和26)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,457 字 · 24 页

青空文庫

あなたの方こそ、きっとどこかお悪いんですよ。寝汗をおかきなすったり、頭から汗をお出しなすったり……。」

木山はいやな顔をして口を噤んだ。何度も繰り返されたことだったのである。木山が医者にかかるなら、自分も医者にかかる、さもなければ……と八重子は主張した。主張というほど強いものではなかったが、繰り返されると、なにか頑迷なものに感ぜられた。そしてそのつど、寝汗だの頭の汗だのが持ち出されるのである。

「ほんとに、医者におみせなすったら……。」

木山は腹が立ってきた。

「それより、胃袋の中のごっとんごっとんの方が先だろう。僕も、動悸がどっきんどっきんしたら、医者にみせるよ。」

言ってしまってから、木山はますます不快になった。実際、脈搏が早くなっていたのである。白髪染めの八重子の髪の臭いが、気のせいか鼻についてきた。

彼はいい加減に酒を切り上げて、外出の仕度を始めた。

そこへ、事務所から、というより地方新聞の出張所から、電話がかかってきた。

その地方の神社の一つに、みごとな松並木を持ってるのがあった。その松のうち、二本ほど、昨年から枯れかかっていた。県の技手の調査によると、松食虫の害らしいとのことで、伐採の議が起ったが、古老たちの反対で、まあもう暫く様子を見てみようということになっていた。