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あやしのやかた

怪しの館 短編

国枝 史郎

国枝史郎『怪しの館 短編』。同一底本的分册已合并为一书。收入:怪しの館、一枚絵の女、犬神娘、開運の鼓、猿ヶ京片耳伝説、日置流系図、北斎と幽霊。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 81,915 字 · 165 页

青空文庫

がはいりましたので、これはうかうかしてはいられないというので、その夜のうちに薩摩へ向けて立とうと、土佐堀の薩州邸下から小倉船に乗り、漕ぎ出すことにいたしました。一行はご上人様と吉之助様と、俊斎様と私とのほかに、薩州ご藩士の北条右門様との、この五人でございまして、三人のお方が駕籠を警護し、私だけが半町ほど先に立って、あたりの様子をうかがいながら、纜ってある船の方へ行きました。おりから晴れた星月夜で、河岸の柳が川風に靡いて、女が裾でも乱しているように、乱れがわしく見えておりましたっけ。と、一木の柳の木の陰から、お高祖頭巾をかぶった一人の女が、不意に姿をあらわしまして、わたしの方へ歩いてまいりましたが、

「重助さん、ご苦労だねえ」と、こう云ったではありませんか。

わたしはハッとなりドキリとして、早速には言葉も出ませんでした。

「あのお方の手、綺麗だねえ」

「…………」

「綺麗な手のお方をお送りして、重助さん遠くへ行くんでしょう」

「…………」

「だからご苦労と云っているんだよ」

「女ってもの変なものでねえ、男の何んでもないちょっとしたことに、くたくたになってしまうものさ。