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こいをこいするひと

恋を恋する人

国木田 独歩

「中央公論」1907(明治40)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,195 字 · 17 页

青空文庫

と畳の上に指先で○を書き、

「円の定義を平気な顔で暗誦したものだ、君、斯ういう先生と約一ヶ月半も僕は膳を並べて酒を呑んだのだから堪らない。」

「それはお互いサ」と神崎少しも驚かない。

「然し相かわらず議論は激しかったろう」と大友はにこにこして問うた。

「やったとも」と朝田、

「朝田の愚論は僕も少々聞き飽きた」と神崎の一言に朝田は「フフン」と笑ったばかり。これだから二人が喧嘩を為ないで一ヶ月以上も旅行が出来たのだと大友は思った。

三人とも愉快に談じ酒も相当に利いて十一時に及ぶと、朝田、神崎は自室に引上げた、大友は頭を冷す積りで外に出た。月は中天に昇っている。恰度前年お正と共に散歩した晩と同じである。然し前年の場所へ行くは却って思出の種と避けて渓の上へのぼりながら、途々「縁」に就て朝田が説いた処を考えた、「縁」は実に「哀」であると沁み沁み感じた。

そして構造の大きな農家らしき家の前に来ると、庭先で「左様なら」と挨拶して此方へ来る女がある、その声が如何にもお正に似ているように思われ、つい立ちどまって居ると、往来へ出て月の光を正面に向けた顔は確かにお正である。

「お正さん」