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こいをこいするひと

恋を恋する人

国木田 独歩

「中央公論」1907(明治40)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,195 字 · 17 页

青空文庫

「有ったよ。」

「ふん。」

「真実に有ったよ。」

「教えてくれ給え。」

「実はやッと思い出したのだ。円とは……何だッたけナ……円とは無限に多数なる正多角形とか何とか言ッたッけ。」と、真面目である。

「馬鹿!」

「何んで?」

「大馬鹿!」

「君よりは少しばかり多智な積りでいたが。」

「僕の聞いたのは其円じゃアないんだ。縁だ。」

「だから円だろう。」

「イヤこれは僕が悪かった、君に向って発すべき問ではなかったかも知れない。まア静かに聞き給え、僕の問うたのは……」

「最も活動する自然力を支配する人間は最も冷静だから安心し給え。」

「豪いよ。」

「勿論! そこで君のいう所のエンとは?」

「帰ろうじゃアないか。帰宿って夕飯の時、ゆるゆる論ずる事にしよう。」

「サア帰ろう!」と甲は水力電気論を懐中に押こんだ。

かくて仲善き甲乙の青年は、名ばかり公園の丘を下りて温泉宿へ帰る。日は西に傾いて渓の東の山々は目映ゆきばかり輝いている。まだ炎熱いので甲乙は閉口しながら渓流に沿うた道を上流の方へのぼると、右側の箱根細工を売る店先に一人の男が往来を背にして腰をかけ、品物を手にして店の女主人の談話しているのを見た。