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おそろしきさくご

恐ろしき錯誤

江戸川 乱歩

「新青年」博文館、1923(大正12)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,075 字 · 46 页

青空文庫

が、ふと気がつくと、妙子の姿が見えない。

たしかに一度は彼女の走っているのを見かけたのだが、そして、彼女は、北川氏がこの友人の家へ避難したことは当然知っている筈だが、どうしたものか姿を見せなかった。

でも、まさか、燃え盛る火の中へ飛び込もうなどとは、想像もしなかったので、暫くは、彼女の取り乱した姿が、友人の門口に現れるのを、ぼんやりと待っていたのだった。

行李だとか、手文庫だとか、書類だとか、色々の品物が雑然と投出された友人の家の玄関に、友人夫婦と、北川氏と、子供を抱いてふるえているまだ年の行かぬ女中とが、妙に黙り込んで顔を見合せていた。

外からは、火事場の騒擾が手に取る様に聞えて来た。

「オーイ」とか「ワー」とか「ワッワッワッワッワッワッ……」とかいう感じの騒音が、表通りを駈けて通る騒々しい跫音が、近所の軒先に佇んだ人々の眠むそうな、併しおどおどした話声に混って、まるで、北川氏自身には何の関係もない音楽か何ぞの様に響いて来るのだった。

あちらでもこちらでも、あの妙に劇的な音色を持った半鐘の音が、人の心臓をドキドキさせないではおかぬ、凄い様な、それでいてどこか快い様な感じで打鳴らされていた。