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きょうふのくちぶえ
恐怖の口笛
海野 十三
「富士」1934(昭和9)年8月号~11月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 60,713 字 · 122 页
といって目を瞑じ、胸に十字を切った。
「そうだ、貴方はいまその辺に見なかったですか、怪しい男を……」
「怪しい男? 貴方以外にですか」
「ええ、もちろん僕のことではないです。こう顔の半面に恐ろしい痣のある小さい牛のような男のことです」
「いいえ。あたくしは今、車を下りて、真直にここまで歩いたばかりですわ」
ジュリアはまるでレビュウの舞台に立っているかのように、美しい台辞をつかった。側に立つルネサンス風の高い照明灯は、いよいよ明るさを増していった。
「その痣のある男がどうかしたのですか」
「いや、僕がいま追駈けていたのです。もしや犯人ではないかと思ったのでネ」と一郎は云ってあたりの木立を見廻わした。夕闇はすっかり蔭が濃くなって、これではもう追駈けてもその甲斐がなさそうに見えた。
そこへバラバラと跫音が入り乱れて聞えた。二人がハッと顔を見合わせる途端に、夕闇の中で定かに分らないが、十歳あまりの少年が駈けこんできた。そして後方をクルリとふりむいて大声に叫んだ。
「オーイ、早くお出でよ、大辻さーん」
向うの方からも、別な跫音がバタバタと近づいてきた。
「待て待て、勇坊、ひとりで駈けだすと、危いぞオ」