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おんじん

恩人

豊島 与志雄

「帝国文学」1914(大正3)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,268 字 · 27 页

青空文庫

彼は多くの人の群から自分を遠くに置いて、落ち着いた気分で、騒々しさの底を流れる「寂寥」に思い耽った。

「大分込みますね。」

「ああ。でもじきに寝台車の方が開くからね。」

叔父は列車の窓から、外に立っている彼とたえ子とを順々に見守った。そして眼をそらして向うに立っている大勢の見送人の上を眺めた。

彼は窓際に歩み寄った。

「此の次には御悠りいらっして下さい。」

「君も一度は京都にやって来給え。」

「ええ是非一度は行ってみようと思って居ます。」

「なるべく早い方がいいね。」と叔父は云った。そして睫毛がちらと動いた。

「御大事に。」と列車が動き出した時彼は云った。そして頭を下げた。

叔父は黙って皆に答礼した後、すぐに窓をしめてしまった。

ぞろぞろと足を返して行く見送り人の間に彼等は立って、青白く光るレールに沿って眼を走せ乍ら、去り行く列車の影を見送った。