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かなしめるこころ

悲しめる心

宮本 百合子

「宮本百合子全集 第二十九巻」新日本出版社、1981(昭和56)年12月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,423 字 · 33 页

青空文庫

我がために涙をながして呉れる人が此の世に只一人でもあるうちは私は必ず幸福であろう、それを今私はめぐみの深い二親も同胞も数多い友達も血縁の者もある。

私の囲りには常にめぐみと友愛と骨肉のいかなる力も引き割く事の出来ない愛情の連鎖がめぐって居るではないか。

実に感謝すべき事である。

夢の如く生れて音もなく消え去った私の妹の短かい、何の足跡も残さない一生涯を見るにつけ、知らず知らずの間に踏みつけて行く生の足蹟がやがて亡き後にいかばかり大いなる力になって現われるかと云う事を思う。

育ちきれずに逝った児の力をもあわせて、二人前の力強い消えない足蹟を人の世の中に――汚されぬ高い処にしっかりと遺さなければならない事を思わされる。

(四)

思うさえ胸のつぶれる様な納棺の日である。

私はその席に連る事を恐れた。

悲しさのために私は恐れたのである。

二つ三つ隔った処に私はだまって壁を見て座って居た。

私を呼びに来る人を心待ちに待ちながらも行きかねた気持であった。

物凄い形に引きしまった痛ましい感情が私の胸に湧き返って座っても居られない様なさりとて足軽くあちらこちらとさ迷えもしない身をたよりなくポツントはかなく咲くはちすのうす紫に目をひかれて居た。