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よく
慾
豊島 与志雄
「改造」1932(昭和7)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,324 字 · 33 页
然しそれは、彼等が気球広告をよく眺めていない証拠になるばかりだ。誰にでもいつかは気球広告をじっと眺める時がくる。彼等にも後でその時が来たに違いない。僕のことを気球ロボット先生と綽名するようになった。
気球ロボット先生というのは、僕としてそう嫌な綽名ではない。病後の自由と淋しさ。大都会のなかの孤独。気球もきっと同じ気持を感じてるに違いない。そして彼が常に寒い風に曝されてるように、僕の懐中も窮乏の寒さに曝されている。そのなかで、彼女に対する甘ったるい空想に耽るのだ。そんな時の金ほどつまらないものはない。僕は母をごまかして得たうちの百円を、喜久本の帳場に瓦礫のように惜しげもなく投げ出せたものだ。母は幾つかの指輪を持っていた。そのうちに、年老いてからは殆んど使わないダイヤが一つあった。それを暫く――次の賞与まで――貸してくれと僕は頼んだ。実は友人に古い借金があって、それをこんど返さねばならない義理になった、なんかと。そして、指輪を質屋に持って行くようなことをしなくても、どうにか工面してあげようという母を、無理に口説き落してしまった。母はうすうす僕の身持のことを気付いでいるらしかったが、それについては何とも云わない。