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〈わがあいするしじんのでんき〉(ほい)
〈我が愛する詩人の伝記〉(補遺)
室生 犀星
「婦人公論 第四十三巻第五号」1958(昭和33)年5月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,167 字 · 22 页
と、私にわからぬ事に節をつけて、かたり出した。はじめは此方がひやひやするが、ふだん稽古を続けているので一座がしんとして来る程名調子を帯びて来るのである。「此の世ですらも添われぬのに、何であの世で添われましょう」という彼の即吟まで飛び出す程、つねに拍手の内に終るのである。一度たがをゆるめると、こんどは十代物語とか一口浄瑠璃とかを次々に演って、ぐいぐい照れかくしに酒をあおり、これでも年季を入れたのだと賞讃に対して自家宣伝も怠らなかった。
彼は釣の名人であった。海釣りである。死亡された夫人花枝さんは家で三味線を教え、女弟子は朝からつめかけ、佐藤はその三味線の稽古撥の音色を小耳にはさんで、二階で金にならない原稿を書いていた。花枝夫人の収入が佐藤惣之助に飯をあたえていたのである。大正末期までそれが続き、花枝夫人は佐藤に収入が漸とはいって来た頃、縁があったらわかい嫁さんでもお貰いなさいと、やさしい性分の女らしく、そう遺言して亡くなられた。派手好みの彼が奥さんの弟子取りに小言をいわなかったのは、たくさんの川崎令嬢が集まり玄関の土間は、何時も眼もくらむ女の履物が勢揃いをして、朝日に燦然とかがやいていたからである。