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あるおんな

或る女

有島 武郎

2(後編)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 205,655 字 · 406 页

青空文庫

三七

と思ったりした。それすらが葉子には笑いの種となった。自分たちの向こう座にしかつめらしい顔をして老年の夫婦者がすわっているのを、葉子はしばらくまじまじと見やっていたが、その人たちのしかつめらしいのが無性にグロテスクな不思議なものに見え出して、とうとう我慢がしきれずに、ハンケチを口にあててきゅっきゅっとふき出してしまった。

三七

天心に近くぽつりと一つ白くわき出た雲の色にも形にもそれと知られるようなたけなわな春が、ところどころの別荘の建て物のほかには見渡すかぎり古く寂びれた鎌倉の谷々にまであふれていた。重い砂土の白ばんだ道の上には落ち椿が一重桜の花とまじって無残に落ち散っていた。桜のこずえには紅味を持った若葉がきらきらと日に輝いて、浅い影を地に落とした。名もない雑木までが美しかった。蛙の声が眠く田圃のほうから聞こえて来た。休暇でないせいか、思いのほかに人の雑鬧もなく、時おり、同じ花かんざしを、女は髪に男は襟にさして先達らしいのが紫の小旗を持った、遠い所から春を逐って経めぐって来たらしい田舎の人たちの群れが、酒の気も借らずにしめやかに話し合いながら通るのに行きあうくらいのものだった。