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ピッチャーさつじんじけん

投手殺人事件

坂口 安吾

「講談倶楽部 第二巻第五号」1950(昭和25)年4月10日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 28,243 字 · 57 页

青空文庫

返事によっては、許さんぞ」

「すみません」

葉子は唇をかんで涙をこらえているようである。父とも思う細巻の怒りに慈愛のこもっているのが骨身にひびくのである。

「言い訳は申しません。私、家出して、恋をしていました」

「オイ。オイ。ノッケから、いい加減にしろよ」

「ホントなんです。せめて部長に打開けて、と思いつづけていましたが、かえって御迷惑をおかけしては、と控えていたのです」

「ふうン。誰だ、相手は?」

葉子はそれには答えず、必死の顔を上げて、

「私の芸に未来があるでしょうか。どんな辛い勉強もします」

「それが、どうしたというんだ」

「十年かかってスターになれるなら、そのときの出演料を三百万円かしていただきたいのです」

葉子は蒼ざめた真剣な顔で、細巻の呆れ果てたという無言の面持を見つめていたが、やがて泣きくずれてしまった。

ミノリが代って物語った。

「葉子さんの愛人はチェスターの大鹿投手なんです」

「やっぱり、そうか」

「家出なさった時から、私、相談をうけて、かくまってあげたり、岩矢天狗さんと交渉したりしたのですが、天狗さんは、手切れ金、三百万円だせ、と仰有るのです。大鹿さんは、昨日、関西へ戻りました。