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ピッチャーさつじんじけん

投手殺人事件

坂口 安吾

「講談倶楽部 第二巻第五号」1950(昭和25)年4月10日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 28,243 字 · 57 页

青空文庫

私は彼の急ぐ理由を知っていました。明日の三時までに横浜に戻るには、零時三十二分発の東京行以外にありません。それが最終列車です。私たちが京都駅へ着いたのは午後十時四十七分で、一時間と四十五分しか、間の時間がないのです。自動車で往復してギリギリで、ほとんど余裕がありません。岩矢の姿が見えないので、アッと、後を追おうとすると、上野さんが私の腕をつかんで引き留めました。行かせてくれないのです。私はしかし岩矢の急ぐ理由が、ただ汽車の時間のためだと信じていましたので、大きな不安はもちませんでした。そして、上野さんの命のまま、駅にちかい喫茶店へはいりました」

「何か話があったのですか」

「上野さんは、私に、大鹿さんとの結婚をやめなさい、と仰有るのです。大鹿さんはチェスター軍の灰村カントクに義理もあり、チェスターとの契約に特殊事情もあるので、お金に目がくらんで他の球団へ移籍すると、聯盟の問題になり、出場停止はおろか、プロ球界から葬られてしまうと仰有るのです。恋愛のために大鹿さんが野球界から捨て去られてしまうのを見るに忍びないから、忠告にきたと仰有るのです。でも、私は、大鹿さんから、うかがって、知っていました。