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ぬきうちししべえ

抜打ち獅子兵衛

山本 周五郎

「講談雑誌」大日本雄辯會講談社、1940(昭和15)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,930 字 · 24 页

青空文庫

「昨日お手合せを仕った綿貫藤兵衛と申す者でござるが拙者主人の申付にて、これより屋敷へ御同道願いたく御案内に参ったが……御承知くださるまいか」

「これは御丁寧な、出教授というわけですか」

左内は笑って、

「出稽古は高くなりますが、よろしいか」

「御迷惑は掛けませぬ、枉げてお越しが願いたい」

「結構です、参りましょう」

左内はあっさり頷いた。

「冗談じゃねえ獅子兵衛先生」

様子を聞いた見物たちは呆れて、

「そんな口車に乗っちゃあ危ねえ、昨日の遺恨があるんだ、殺されちまいますぜ」

「相手が鬼と名のついた若殿だ、屋敷へ呼んで取詰め、鱠のように五分だめしと計略は分ってらあ、お止めなさい先生」

「江戸人は、人情に篤いな」

左内は、笑いながら云った。

「言葉も交わさぬ拙者の身をそれほど案じてくれるか、かたじけないぞ。……しかし、安心しろ、獅子兵衛の鱠は酢でも味噌でも食えぬ、食えぬ鱠を作る鬼若どのでもあるまい、ははははは」

大きく笑って、

「綿貫先生、お供をしましょう」

と袴の塵をはたいた。

ぞろぞろと跟いてくる群衆を追いながら浅草橋御門から郡代屋敷の横を通り、柳原の土堤に沿って松平壱岐守の中屋敷に着いた。