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ぬきうちししべえ

抜打ち獅子兵衛

山本 周五郎

「講談雑誌」大日本雄辯會講談社、1940(昭和15)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,930 字 · 24 页

青空文庫

「ほほう、いよいよお出ましだな」

静かに云った。

「お庭の青蘚苔を踏み荒らすのはもったいない、いずれもその御注意を忘れぬよう。……拙者のほうはいつでもよろしいぞ」

「きっとよいか、獅子兵衛」

後で叫ぶ声がした。

左内は眼尻でそのほうを見た、……広縁の上に、虎之助が矢を番えた弓を持って、今にも射かけようと身構えていた。……左内は脇差の柄に手をかけ、黙って左右に眼を配っていたが、

「……御存分に!」

と云う、刹那! えいッ! 耳を劈く掛声とともに、六尺ゆたかな体が毬のように縮んで、半円に取詰めた人数のなかへ躍り込んだ。

飛燕のごとしということがある、そのときの左内は正にそれであった。……取巻いた人数がわっと動揺するなかに、彼の姿は力のある、それでいて眼にも止まらぬ速さで縦横に見えつ隠れつした。

木剣が空へ飛び、槍のぶち折れる音が聞えた。そして若侍たちはばたばたと倒れた。体当りを食ってはね飛び、池へ落ちた者もあった。

十人あまりの人数があっという間に打伏せられたと思うと、左内は、いつ奪取ったものか木剣を右手に、

「いざ、お手並を拝見仕りましょう」

と広縁の真正面へ踏み寄って来た。