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おしえのきせき
押絵の奇蹟
夢野 久作
「新青年」1929(昭和4)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 58,749 字 · 114 页
お母様は、そんなにお金をかけては出来がわるいと云われましても、先方で聞き入れません。それにお父様が「出来るだけの加勢は俺がしてやる」なぞと仰言って、断るのをお好きになりませんでしたので、お母様は泣く泣く引き受けておられました。その頃はお米が一升十銭より下で御座いましたろうか。
「米が十銭すれあサッコラサノサ」
という歌が流行っておりました位で御座いますが、そんなお金の事などは一切お父様がなすって、きょうはいくら、明日はいくらと駅逓局(その頃はもう郵便局と云っておりましたが、お父様は矢張りこんな風に昔の名前を云っておられました)にお預けになるので、お母様はほんとうにお仕事の地獄に落ちておいでになるようで御座いました。
けれども、それでもお母様のお仕事は、ほかの処のより念が入っておりました。
頭の毛は極く安いものでないかぎり黒繻子の糸をほごして一本一本に植えて、小さな指先まで綿をくくめて爪を植えて、着物もそれぞれの恰好にふくら味を持たせた上に、色々の模様を切りつけたものですが、その模様も一つ一つ織り目が合わせてありますために織り出したもののように手際よく見えるのでした。