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おしえのきせき
押絵の奇蹟
夢野 久作
「新青年」1929(昭和4)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 58,749 字 · 114 页
それはどちらも私が十二歳になりました春の事で――初めの時は、大阪の或る店から外国の金持ちに売るのだと申しまして、金の額ぶち入りの押絵を頼んで来たのでしたが、その時にお母様はいろいろ工夫をなされまして、外国の事だから、日本の人物よりはというので支那三国志の関羽、張飛、玄徳の三人を極く念入りにお造りになりました。それについてその顔のお手本は錦絵の通りにしますと関羽が団十郎、張飛が左団次、玄徳が円蔵(でしたと思います。違っているかも知れませぬ)ということになっておりましたが、その錦絵はもうスッカリ鼠色にボヤケてしまった昔の版でありましたために、お母様のお気に入らなかったのでしょう。お父様に頼んで、火鉢の前に坐って頂いて幾つも幾つも顔を書きかえておいでになりました。その時に、
「俺は貴様の押絵になって外国へ行って異人どもを睨み殺してくれるのじゃ。……こういう風に……」
と云いながらお父様が不意に立て膝をなすって、ヒンガラ眼をしてお母様をお白眼みになりましたが、そのお顔の怖ろしかった事……私もお母様もハッとして飛びのいたほどで御座いました。そうして、そのあとで三人が笑いこけました時の可笑しかったこと、私は死ぬかと思いました。