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りゃくだつせられたるおとこ
掠奪せられたる男
豊島 与志雄
「新潮 第二十九卷第三號」新潮社、1918(大正7)年9月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,398 字 · 48 页
二つの唇の合さった両角がぽつりと凹んで、其処にいつも人の心を引きつける陰影があった。遠くから見ると、その唇は笑っていた。近くで見ると、新鮮な肉体的な(もしこういう言葉が許されるなら)魅惑に満ちていた。その唇の上に、少し間を置いて――それは彼女の顔をいくらか下品に見せていた――低いつまらぬ鼻がついていた。その低い鼻が消えていると思われる眉根のあたりに、彼女はよく可愛いい皺を寄せた。その皺の両側に、薄い眉毛の下に、切れの長い眼がついていた。大きな黒い瞳の上にはちらちらと揺れる輝きがあった。その輝きは、それと捉え難いうちにもう別の輝きに移っていた。その中に彼女の見る凡てのものの影があった。また、彼女の心のうちの凡ての感情の影があった。その眼は多くのものを語り、多くの意味を伝えた。然し結局は何物も後に残さなかった。瞬間毎に移ってゆく輝きであった。風に揺れる木の葉の上を滑ってゆく光線であった。その眼は何物をも見つめることをしなかった。じっと一つの物に据えらるることはあっても、その輝きは一瞬毎に違っていた。
遠くから見ると、少し離れて見ると、彼女の顔は眼と唇とだけだった。