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にぎったて

握った手

坂口 安吾

「別冊小説新潮 第八巻第六号」1954(昭和29)年4月15日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,293 字 · 23 页

青空文庫

素直に眼鏡をかけさせてから、彼女は云った。

「図々しいわ。図ぶとい人ね。あんなことをしてニヤニヤ笑っているのね」

こう怒られても仕方がなかった。苦笑ともテレカクシともワケの分らぬ笑いが顔にからんで放れないのだ。彼は笑いを咎められたので、笑いを隠すために図太く出て見せなければならなかった。

「ボクたちは青春をたのしもうよ。キミの年齢で本の虫になるなんて、バカらしいよ」

冷静な声だった。彼は自分が意外にもフテブテしいのを、このときはじめて見たのである。彼はもう成行にまかせるばかりであった。そして、彼女を見つめて、言葉をつづけた。

「キミはこのへんで本と眼鏡に袂別すべきじゃないか。キミの一生にとって、それはどうせ一時期のものにすぎないのじゃないか」

「そんなこと、どうして云えるのよ」

「待ちたまえ。キミ、コンパクト、持ってるね。貸してみたまえ」

彼はコンパクトを受けとると、鏡を彼女の顔にかざし、たったいま彼女にかけてやったばかりの眼鏡を再び取りはずした。

「これがキミの可愛いそして本当の素顔だよ。ね。眼鏡は余計ものなんだ。もう、この眼鏡はかけない方がいいと思うんだ」