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ばんしゅうへいや
播州平野
宮本 百合子
「新日本文学」(第1~11節)、「潮流」(第16・17節)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 106,683 字 · 214 页
ひろ子は、西窓の雨戸をあけ、往来を見ようとして、はじめて真からの恐怖にうたれた。往来はもう無かった。雲が切れてうすら明るいような深夜の空の下に黒く濡れた沢田の家のトタン屋根のひろい斜面があり、その軒下からわずか一尺ばかりのところを、道幅いっぱいに濁流が流れていた。黒く鈍く光りながら、もりあがる勢で流れている水は音を立てない。しかも絶対に人の命を奪う深さを示しつつ下へ下へと疾く流れている。その水面にまばらな雨脚が光った。危険はそこにあった。母と小さい二人の孫とは、安全に置かれなければならない。
ひろ子はそれを、自分の責任として感じた。
「この辺で小舟なんかつかわないんでしょうね」
「そんなもの、あらせん」
怒ったように沢田が答えた。
「ともかく、お母さんと小さい人は家を出ましょう」
日頃剛毅な母が、しんから辛そうに、
「どうなろうかいの。こんだけ水がおごっちょるのに、どうで渡れよう」
啜りあげるように叫んだ。
「もうええ、もうええ。家がこけたらここで死ぬるばかりいの」
揺れ動く蝋燭の不安定な光に照らし出された二階の雑然とした一室に恐慌が充満した。
ひろ子は東窓から、新道の方角を見た。