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はせくらじけん

支倉事件

甲賀 三郎

「読売新聞」1927(昭和2)年1月15日~6月26日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 204,697 字 · 406 页

青空文庫

「私には立派に暴行なる旨自白したのですから」

牧師は冷かに答えた。

「そんな問題は起りません。然し、被告は小林兄弟に対しては私通なる旨主張していたようでした」

能勢弁護士はこゝに質問を打切った。長追いは無用である。今の証人の答弁で暴行云々と云う事が小林兄弟に於てさ程問題にされていなかったと云う印象を裁判官に与える事が出来たら、それで成功なのである。

神戸牧師の訊問は之で終りを告げ、次で小林兄弟、高町医師其他数名の証人が引続き取調べられた。

最後に裁判長は被告に向って、今までの証人並に参考人の陳述につき、意見、弁明、反証等はないかと聞き質した所、被告支倉はなしと答えたので、その日は閉廷となり続行する事となった。

十月二十七日には宮木判事は放火の疑いのある旧支倉宅の実地検証を行った。

十月二十九日十一月八日に夫々続行公判があり、専ら聖書窃盗に関する証人の訊問が行われた。

その間中央気象台より貞の行方不明になった大正二年九月二十六日の天候の回答が来ていた。すべ/\した洋紙にペンの走書だが、最後の行に「月明なし」と云う句が冷たく光って見えた。月明があれば少くとも当夜如何に原中でも兇行が行い難いと云う消極的の反証にはなるものを「月明なし」