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はせくらじけん

支倉事件

甲賀 三郎

「読売新聞」1927(昭和2)年1月15日~6月26日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 204,697 字 · 406 页

青空文庫

それは永久に残る疑問であるけれども、思うに彼は六月十三日の公判の結果について既に死を決していたのではあるまいか。判官忌避の如きはその成否眼中にない程彼は庄司氏の証言に絶望を痛感したのではあるまいか。聞く所によると彼は遺書風のものを認め、それには子々孫々まで庄司氏に崇らずして止むべきかと云う物凄い言葉が聯ねてあったと云う。司法警察官たる正当の職務により、正当なる手段を以て兇行後四年既に土芥に帰せんとしていた殺人事件を発き、貢献多かった庄司利喜太郎氏は終始一貫支倉の呪いの的となり、支倉の行きがけの駄賃として、あらゆる呪いの声を庄司氏一人で引受けて終ったのだった。

さわれ、支倉が遂に第二審の判決を受けずして自殺した事は後世に幾多の疑問を残した。筆者はこの点につき、本件に最も関係の深い神戸牧師の言葉を引用して置く。

「六月十九日の夕刊を見て自分は驚いた。支倉喜平は到頭縊死を遂げたと云う記事が出ているではないか。然も二号活字で如何にも大きい標題附であった。蓋しそれほど彼の死は社会の好奇心を誘う事件であったからであろう。(中略)

彼をしてそれほど兇暴な態度に出でしめ、而も其最後迄事実を否認してあらゆる彼の敵に反抗せしめた原因は抑※(二の字点、1-2-22)いずこにあったか。