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ほうしんきょうじゅ

放心教授

森 於菟

「屍室斷想」時潮社、1935(昭和10)年3月9日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,647 字 · 10 页

青空文庫

それは何と鑑定してであったかつい聞かずにしまった。解剖実習の時カフスを取り外したまま忘れて会に出席したりすることは挙ぐるに暇がないくらいである。

宅にいて和服をきるとしばしば裏返しにきる。綿入れや袷せはめったにそんなことがないけれども単衣の場合ははなはだ多い。私の考えでは綿入れや袷せはなるほど二枚の異なった布地をついであるから裏を出してはわるかろうが単衣は一枚だから裏も表もありはしない、縫目くらい出ていてもたいして差し支えはないと思うのだがどうも妻などは承認してくれないのである。浴衣をきる頃入浴の際これを脱ぎすてまた着る時にはなはだ多い。私は裏も表も区別していないから偶然率にして五〇パーセントは裏が出る次第である。これはずっと前であるが裏返しに浴衣を着たまま散歩に出た。学生時代で電車は本郷追分までしか来ていなかった。ここで電車にのると向い側に腰かけている娘が二人突つきあってクスクスやってるがしまいにはゲラゲラ笑い出した。私はむろん何のことかわからぬのですましていた。この時にも男の客は笑わない。紳士として人の欠点を笑わぬのではなく、やはり男はこんなところに気のつかぬものと見える。