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ほうろうき(しょしゅつ)

放浪記(初出)

林 芙美子

「女人藝術」1928(昭和3)年10月号~1930(昭和5)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 103,349 字 · 207 页

青空文庫

今朝はもう鳴門の沖だ。

「お客さん! 御飯ぞなッ!」

誰もいない夜明けのデッキの上に、さゝけた私の空想はやっぱり故里へ背いて都へ走っていた。

旅の故里ゆえ、別に錦を飾って帰る必要もないのだったが、なぜか佗しい気持でいっぱいだった。

穴倉のように暗い三等船室に帰って、自分の毛布の上に座ると丹塗りのはげた、膳の上にヒジキの煮たのや味噌汁があじけなく並んでいた。

薄暗い灯の下に大勢の旅役者やおへんろさんや、子供を連れた漁師の上さんの中に混って、私も何だか愁々とした旅心を感じた。

私が銀杏返しに結っているので、「どこからお出でました?」と尋ねるお婆さんもあれば、「どこまで行きやはりますウ……。」と問う若い男もあった。

二ツ位の赤ん坊に添い寝していた、若い母親が、小さい声で旅の故里でかつて聞いた事のある子守唄をうたっていた。

ねんねころ市

おやすみなんしよ

朝もとうからおきなされ

よひの浜風ア身にしみますで

夜サは早よからおやすみよ……。

やっぱり旅はいゝ。あの濁った都会の片隅でへこたれているより、こんなにさっぱりした気持になって、自由にのびのび息を吸える事は、あゝやっぱり生きている事もいいなと思う。