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ぶんがくのたいりくてきせいかくについて
文学の大陸的性格について
宮本 百合子
「月刊文章」1940(昭和15)年11月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,628 字 · 9 页
が今から三十年前に発表されたとき、アメリカのあらゆる読書人が何かの意味で衝撃を感じたということは十分に推察される。
ドライサアは大変バルザックがすきだそうで、そう云われれば文体などでもバルザック風に所謂文学的磨きなどに拘泥しないで、いきなり生活へ手をつっこんでそこからつかみ出して書いているようなところに、ある共通なものがある。
主人公クライドが、愛人である女工のロバアタの始末にこまって、ふとした新聞記事の殺人事件から暗示をうけ、その錯乱した心理の圧迫がロバアタを恐怖させその瞬間の二人の動物的なまた心理的な葛藤から、ついにロバアタが命をおとして、クライドは死刑になるあたりの心理の追究は、ドストイェフスキーの影響をうけて、作品を通俗小説のプロットから救っているようだが、全体からみるとこしらえものであるという印象を与える。
そういう部分ばかりでなく、ドライサアの現実のみかたには通俗なところがあって、クライドの心理、行動のモメントを肯定している作者としての肯定のしかたにもそういう点が強く感じられる。ドライサアはアメリカの作家として、あらゆるアメリカの悲劇を克服しようとしてたたかうようなたちの青年は描かないで、クライドのように富は富として常識に魅せられ、享楽は享楽として魅せられて行って、しかも、素手でそれを捕えて