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となんせんせい
斗南先生
「光と風と夢」1942(昭和17)年7月15日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,262 字 · 44 页
それはもっと会体のしれない、気味の悪い不快さであった。眼をつぶったまま揺られつづけている伯父を、暗い車燈の下に眺めながら、彼は「この世界で冗談にいったことも別の世界では決して冗談ではなくなるのだ」という気がした。(そのくせ、彼はふだん決して他の世界の存在など信じてはいないのだが)すると、伯父の詩の蛇身という言葉が、蛇身という文字がそのまま生きてきて、グニャグニャと身をくねらせて車室の空気の中を匍いまわっているような気持さえしてくるのであった。
翌朝、大阪駅から乗ったタクシイの中で――従姉の家は八尾にあった――三造はそっと自分の蟇口をのぞいて見た。前日の夕方、松田駅で、切符を買うとき「ちょっと、今、一緒に出して置いてくれ」と伯父に言われて、立替えて置いた金のことを、伯父はもうすっかり忘れてしまったと見えて、いまだに何ともいい出さないのである。車に揺られて、ゴミゴミした大阪の街中を通りながら、またこの車賃も払わせられるのかと、彼は観念していた。そうなると洗足の伯父から貰ってきた金では、帰りの汽車賃があぶなくなるのである。どうせ従姉に借りれば済むことではあるが、とにかく近頃の伯父の忘れっぽさには呆れない訳には行かなかった。