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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
03 第三分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,353 字 · 371 页
(ふ。不吉なッ)
共に血相をかえながら、龍興の側から云ったのは、日根野備中守という重臣のひとりだった。
(祝賀の席上、稲葉山に滅亡の影が迫っているなどとは。……慮外も慮外。……伊賀殿には、御当家の亡ぶのを、願うてあらッしゃるのか!)
それからの激論だった。
伊賀は、国境の危ないことを、近頃、敵の手に築きあげられた洲股の城を実証として、忌憚なく述べたてた。
敵の強さは、毫も怖るるにたりないが――と前提して、龍興の行状、国内の不統一、民心の怨嗟、眼にみえない亡兆を一々あげて、
(これでも亡びない国があれば、てまえは甲冑などはぬぎ捨て、瓜を作って、寝て暮します)
と、痛言した。
同じ気もちの者も多いが、みな酒の気をさまして沈黙していた。龍興はいつのまにか、美女に囲まれて、奥へ立ってしまっていたが、やがて、侍臣に令を伝えて来て、
(お召しである)
とのことに、安藤伊賀は、近習に囲まれて、本丸の一室へはいって行ったが、龍興は、いなかった。
気がついてみると、四方の杉戸もすべて開かない。
壁ごしに、
(伊賀どの。主命である。謹慎して、お沙汰を相待て)
と、いう日根野備中の声だけがやがて聞えただけであった。