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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

03 第三分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,353 字 · 371 页

青空文庫

「ア。ありがと……。小父さん」

「おお、小熊どのか。焦げつきそうであったから鍋を下ろしておいた。煮加減もよいらしい」

「もうおらの名を覚えたんだね。小父さんは」

「今、奥のほうで、半兵衛先生が、そう呼んだろ。……どうだ、ついでに先生へ、取次いでくれたか」

「呼ばれたのは、ほかの用さ。取次いだって、むだなことを、先生に聞かせても、怒られるだけだから止めた」

「はてさて、お前は師のいいつけを守ることが固いなあ。感心だ、感心だ」

「ちぇッ、痩せ我慢をいっていらあ」

「いや、その通り、おれにとっては歯がゆいが、わしが師ならそう褒める。……だから嘘じゃない」

すると、やや離れている厨の板敷に、誰か、紙燭を持って立った。小熊小熊と、そこで呼ぶ声に、藤吉郎もふり向いてみると、あたりの煤けた闇をそこだけ切り抜いたように、霞に小桜染の小袖を着、それへ紅梅色の腰衣をまとった十七、八の麗しい処女のすがたが、その白い手に持たれている明りの中に揺々と見えた。

「なんですか。――おゆう様」

小熊は、もうその前へ行って、用事をうけていた。用が足ると、小桜ぼかしの袖は、灯と共に、暗い廊をすべって、壁のうしろへ隠れてしまった。