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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
03 第三分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,353 字 · 371 页
「…………」
何をいう遑もないし、胸がつまって、寧子は、眼をもって、良人に挨拶しただけである。
老母は、子の手を取って、
「一城のお主が、勿体ない。家中方もおるところ、そう気遣いせぬものじゃ」
と、額に当てて拝まないばかりにいった。
「お健やかなお顔を見て、藤吉郎安心いたしました。気遣いするなとの仰せですが、母上は、家庭の母上、きょうの私は、武将としてお出迎えに出たわけではありませんから、お案じには及びません」
「そうかの」
老母は、駕籠の外に立った。わが子以外の侍は、すべて地に指をついているので、その前を立って歩むも眩ゆい気がした。
「おつかれでしょう。ここでしばらく休息なされませ。もう洲股の住居までは、一里ほどしかございません」
老母の手をひいて、民家の軒先の床几まで誘った。
老母は、いわるるまま、腰をかけて、真っ黄いろな銀杏並木から、秋の空をながめていた。
(涙もろくおなりになったようだ)
と、藤吉郎はひそかに、母の健康ぶりを見まもるのだった。しかし、母の手は中村にいた頃のように陽やけで黒くなっていた。
「……夢のような」
やがて呟いた母の独り言に、母がうっとりしている気もちが察しられた。